Hotel in Hyogo

〜兵庫県の廃ホテル・廃旅館・廃民宿・廃山荘〜


摩耶観光ホテル
アールデコ調の建物が人気の廃ホテルで、廃墟フリークの聖地の一つです。1929年11月16日に開業した4階建てのホテルで、1〜2階がホテル、3階が大食堂・浴場・娯楽場で、4階が余興場(400人収容)でした。1971年から、米軍の将校クラブに改築される予定で工事が始まりましたが、すぐに頓挫して、廃墟となりました。1960年に売却され、1961年から経営者が変わって、5階部分を増築し、ステンドグラスや豪華客船調の内装にされ、営業が再開されました。1970年頃に閉鎖され、その後は合宿所などとして使われましたが、1993年頃に廃業となり、その後、廃墟化しました。
※管理されています。

塩田観光ホテル 知新荘
本館、新館、別館が通路で繋がり、迷宮のように複雑な構造で、客室数は30室ありました。鶴のオブジェがある水車風呂が売りで、泉質は地下200mの深さから湧出するラジウム炭酸鉄泉で、泉温は15.5℃でした。温泉は炭酸が強く、玄関前には引用泉もありました。2000年頃に廃業になりました。残念ながら解体されてしまいました。
※解体されました。

旅館 龍宮園
2階建てながら、巨大な木造旅館の廃墟です。本館以外に旧館や旧々館などが入り組んでおり、いくつもの大浴場や家族風呂がある構造でした。1987年頃に廃業になったようです。宿泊料金は1泊2食付きで3000円〜4500円で、バス・トイレ付の部屋は5000〜6000円、特別室は7000円でした。夏場は、蔦に覆われて、一面、真緑になります。 残念ながら、2009年に解体されました。
※解体されました。

ホテル 金○閣
かまぶろが2つあるホテルです。大浴場もあり、泉質は、カルシウム塩化物冷鉱泉でした。斜面に建っており、その斜面を覆いつくすように草が生えている為、建物が草に埋もれ、昼間でも内部は真っ暗に近い状態でした。
※管理されています。

旅館 黒○荘
高台に建ち、眺望が売りのRC5階建ての旅館の廃墟です。別棟も3棟ありました。宿泊料金は1泊2食付で6500円で、30名以上の団体だと5000円でした。料理は黒潮料理と荒礒鍋が売りでした。150畳の宴会場やゲートボール場が3面ありました。また、旅館に上がる道の途中には動物を飼っていた檻のようなものもあります。
※管理されています。

ホテル ユ○スコ会館
UNESCOの活動拠点として、1964年に建てられた地上2階、地下1階の宿泊施設と会議室を兼ねた建物でした。1988年に民間会社に売却され、研修所に改装される予定でしたが、計画が頓挫し、そのまま廃墟化しました。1990年にTV番組で心霊スポットと捏造され、それから多く人が訪れるようになり、1993年に不審火で焼失し、2001年に地上部分が解体されました。
※解体されました。巡回警備あり。

ホテル 大○山荘
1967年に開設された戦没慰霊の為の資料館『若○の広場』に来る人たちを受け入れる為に作られたホテルとレストランで、研修施設も兼ねていました。阪神淡路大震災の際に被害を受けて閉鎖になりました。国の為に命を落としていった若者達の為に作られた施設が、時代を超えて、自分のことしか考えていない幼稚な若者達に破壊されるという寂しい光景を見ることとなりました。
※管理されています。

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