War Ruins in Hokkaido

〜北海道の戦争遺跡〜


陸軍津軽要塞 御殿山第二砲台
1901年に作られた砲台で、津軽要塞(全77箇所)のうちの1つです。『函館山第二砲台』とも呼ばれています。口径28cmのカノン砲6門(総重量24t)が設置され、地下にはレンガ造りの弾薬庫などもありました。太平洋戦争時には、4門のカノン砲が設置されました。2001年に北海道遺産に指定され、現在は、公園化されており、一般公開されています。
※一般公開されています。指定遺産。

陸軍津軽要塞 入江山演習砲台
高さ291mの入江山の山頂付近に、1929年頃に作られた砲台で、2門の演習用砲台が設置されました。現在は、野砲砲塔の跡が草むらの中に状態よく残っており、写真の砲台の方は、地下に弾薬庫らしき構造があるものの、地上の台座部分は自然崩壊していました。周囲は公園化しており、一般公開されていますが、道は舗装されていません。
※一般公開されています。

大岬旧海軍望楼
1902年に帝国海軍によって建設された望楼で、ロシアの艦隊を監視、付近を通過する艦船との通信、海南事故や気象情報の報告をするためのものです。1904年からは無線通信所としても機能していました。1968年に稚内市の有形文化財に指定されています。
※一般公開されています。有形文化財。

陸軍歩兵第27連隊 大楽毛特火点
陸軍第七師団歩兵第27連隊の主力部隊は、釧路を拠点としながら、大楽毛から三津浦の辺りまで海岸陣地を構築し、この特火点(トーチカ)もその一つとして造られました。しかし、予想していた連合軍の襲来はなく、実際にこの特火点が使われることはありませんでした。今もなお、住宅街の空き地(一応、売地らしい)にポツンと残されています。
※管理されています。

陸軍第77師団 チンタ浜特火点
1944年、苫小牧、千歳の2つの飛行場を防衛する為に、第五方面軍陸軍第77師団によって、47基の特火点(トーチカ)が構築されました。JR日高本線の汐見駅の北西1kmほどの所にあるチンタ浜踏切のそばにあるので、「チンタ浜踏切トーチカ」とも呼ばれています。92式重機関銃用の特火点です。2003年9月26日の平成15年十勝沖地震で傾いてしまいました。
※管理されています。

陸軍第77師団 鵡川河口特火点
1944年、第五方面軍陸軍第77師団によってむかわ町には8基(現存は4基)の特火点が構築されました。鵡川河口付近には3基構築されましたが、残っているのはこの1基のみです。この特火点は、1式機動47mm速射砲の特火点であり、縦11.8m、横8.6m、砲座の他に砲側庫があり、上部には観測所がついてます。戦時中、この方面から上陸されることはなかった為、使われませんでした。
※管理されています。

陸軍第77師団 厚和特火点
1944年、苫小牧、千歳の2つの飛行場を防衛する為に、第五方面軍陸軍第77師団によって、47基の特火点(トーチカ)が構築されました。厚真町には14基(現存は5基)の特火点が構築されましたが、ここは94式山砲用の特火点です。現在は藪に埋もれていますが、縦約10m、横約6.5m、砲座の背部に砲側庫があり、天井には通気口がありました。
※管理されています。

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