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円形校舎で有名な沼東小学校。ここに向かうも、辿りつけない人が多いと聞く。 |
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私は、北海道の成瀬氏に詳しい行き方を教わっていたので、自信満々でこの場所に挑んだ。 |
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しかし、雨が降っていて道は池のようになていて、まともに歩くことができない。 |
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気がついたら、小学校の奥にあるという廃院に辿りついてしまった。 |
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その奥には進めそうになかったので、川のように水が流れる道を戻って見た。 |
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すると、木々に覆われた円柱形の校舎が目の前に現れた。 |
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窓から中を覗くと、校舎の中に行くほど部屋がすぼまっているのがわかる。 |
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しかし、1階は連日の大雨で40cm以上水没していた。これでは入れない。 |
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実験室の棚だろうか?器具はなくなっているが、原型は留めている。 |
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ダメだ、入れネェや。とあきらめかけたその時に、オーブが光った。 |
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オーブが光った場所から中に入ることができた。どうやら、ココが唯一の潜入口らしい。 |
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『案内してくれてありがとう』と心の中で呟いた。 |
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なるほど、2階と3階は普通教室が並んでおり、円柱の外周に位置している。 |
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建物は3階建てだが、特別教室は、1階に集中していたようだ。 |
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しかし、小学校にしては特別教室が少な過ぎる。それはおかしい。 |
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このシャッターは、今はトマソン状態だが、この先に、特別教室棟があったのではなかろうか? |
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壁が焦げている。頼むから産業遺跡内で火遊びをしないで欲しい。 |
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校舎の中心は螺旋階段になっている。安全のため鉄格子がしてある。 |
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階段は、この螺旋階段と、他にもシャッターの内側に普通の階段がある。 |
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螺旋階段の中央は、ダストシュートになっていた。 |
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階段の周囲に丸い廊下があり、その周りに教室がある。年輪構造だ。 |
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この構造は、大阪にある『南海病院』を彷彿させる。 |
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螺旋階段の最上階に辿りついた。思わず凄い光景に出くわした。 |
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これが小学校?こんな芸術的を廃墟を放置しておくのはもったいない。 |
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天井から差し込む天然のトップライトが美しい。 |
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最上階(3階)の洗面所は普通階段のすぐ脇にあった。 |
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な・・・おびただしい数の吸殻だ。これは例の儀式の跡だろう。 |
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有名な心霊スポットでは、火の付けた煙草をお供えする慣わしがあり、それが放火につながることがある。 |
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下り23段と書かれているが、これになんの意味があるのだろうか? |
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こちらは普通階段。階段の壁には、飾り物ができるようなスペースがある。 |
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1階まで降りてみたが、案の定、完全水没していて、進むことができない。 |
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柱には、真っ赤な手形が・・・。いらん演出はせんでもイイ!まぁ、くだらない落書きよりはマシだけどね。 |
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シャッターを開閉する装置。このシャッターの先にあったハズの建物はいずこへ? |
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この小学校は昭和34年に建造され、美唄初の円形校舎として話題になった。 |
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その後、美唄炭坑の閉鎖に伴い、昭和49年に閉校した。 |
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円形校舎よりも少し奥に入った所に、体育館の跡が残っていた。 |
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屋根は完全に消滅し、鉄筋だけが廃工場のように、無残な姿で残っていた。 |
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床は抜け、夏草が地面を覆っている。廃墟としてかなり熟成を重ねていた。 |
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夏草が枯れる頃にもう一度訪れてみたい。 |