Plant in Hokkaido

〜北海道のプラント遺跡〜


北炭汽船 清水沢発電所
1926年に建てられた北炭最大の火力発電所。写真の建物は1941年に建てられたもので、現在この地に残っている最大の建造物です。坑内ガスや選炭後の微粉炭などを燃やして発電していました。1991年に火力発電所の方は閉鎖し、閉鎖後は、産業廃棄物処理場となり、次々に施設の解体が進み 、本体は民間企業の作業所として転用されていますが、一部、一般公開されています。
※管理・転用されています。

赤○火力発電所
1994年頃に廃止になった火力発電所の遺跡です。近くの炭鉱施設を動かすための発電所だった ようです。火力発電所というと清水沢発電所がありますが、清水沢は内部のプラントが全て撤去・解体されているのに対し、この赤○火力発電所は、全てのプラントが残っているので、そういう意味では大変貴重な産業遺産なのではないでしょうか。
※管理されています。

北炭汽船 幌内炭鉱変電所
1922年に建設された変電所で、清水沢発電所で作られた電気を変圧して幌内炭鉱に送るための施設でした。1989年、幌内炭鉱閉山と共に廃止になり、その後、廃墟化しましたが、現在は、当時の雰囲気のまま、資料館として展示物が陳列しており、時間限定で内部公開されています。
※一般公開されています。

北炭汽船 真谷地炭鉱変電所
1893年に開鉱した真谷地炭鉱の変電所施設で、北炭清水沢発電所からの電気をここで変圧していました。1987年に炭鉱本体が閉山になり、使われなくなりました。 その後、鉱員浴場に改装されましたが、現在は、鬱蒼とした茂みの中で廃墟化しています。
※管理されています。

北炭汽船 楓坑発電所
1902年に開鉱した紅葉谷の楓坑のために1913年に作られた赤煉瓦作りの発電所です。1000kWの発電量で、1928年に閉鎖しました。鉱山事務所として利用されていましたが、1987年の廃鉱と共に、『石炭ガラス工芸館』として改装され、ワイングラスなどを製造販売していたものの、経営が続かず、1994年に閉館しました。2019年の夕張豪雪により、、屋根が抜け落ちて倒壊しました。
※管理・転用されています。

大沼第一発電所
大沼には第一〜第三発電所があり、その中で最も古く(1908年操業開始)、最大の出力(1600kW、22000V)を誇っていたのがこの第一発電所です。函館市内に電力供給する目的で作られましたが、第二発電所が完成して以降は、鹿部〜大沼間を走る大沼電鉄にも電力供給していました。現在は、近くの牧場の倉庫として転用されています。
※管理・転用されています。

秋田木材会社 声問発電所
1913年に設置された発電所で、これにより、稚内に初めて電灯がともりました。
1925年7月、秋田木材が稚内に発電所を設置した為、同年10月、声問発電所は閉鎖されました。
閉鎖後は農機具倉庫として転用されています。
※転用されています。

我路揚水
我路地区の谷の奥の方にあるポンプ場。『我路の廃病院』という心霊スポットで有名になりましたが、配電盤にポンプ関係の名前が並んでいたので、実際にはポンプ施設だったようだ。 少なくとも、1991年頃までは使われていたようです。
※管理されています。

北炭化成工業所 大煙突
北炭化成工業所は、明治時代後期に北海道炭礦汽船によって作られたコークス工場が前身で、1934年に開設されました。写真の大煙突(高さ63m)で、1960年に建設されました。工業所は1978年に閉鎖しましたが、この大煙突は保存され、現在は、ゆうばりユーパロの湯のシンボルタワーになっています。このあたりでは野生のキタキツネがエサをもらいに人に近づいてきます。会社は埼玉県に本拠を置き、活性炭の吸着作用を利用した脱臭剤や脱臭装置の開発等を行っていましたが、2009年11月6日に破産申請をして倒産しました。
※管理・保存されています。

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