円盤のような巨大展望浴場

串崎ケープホテル

Kushizaki Cape Hotel


福岡県の鳴き砂で有名な海岸の近くに、そのホテルは存在しました。 串崎ケープホテル。建物の壁にはそう書いてありました。 道路側に大きくせり出た展望浴場がこのホテルの特徴でした。
玄関ホールに入ると、中は放火で酷いことになっていました。 排気ダクトが垂れ下がり、火の猛威が凄かったことを物語っています。 玄関に積み上げられたゴミが燃料となって、ロビー部分はほぼ全焼してしまいました。
こちらはホテルの事務所だった場所。ここは放火から免れていました。 ここは従業員用の台所。ホテル閉鎖後も管理者が常駐していたので、使用していたかもしれません。 かつては結婚式場も兼ねていたのでしょうか。エレクトーンが置いてありました。
ホテルへの入口の多くは、このように板張りされています。 ある報道機関が勝手に心霊スポットとして紹介したのが始まりで、その名を知られるようになりました。 2階に上がってみましたが、ここは管理人の当直室でしたが、酷く焼かれていました。
放火により、壁が燃え尽き、廊下側から部屋の向こうの外景色が見えます。 廊下部分は、天井側半分が黒く煤けています。火災の際の黒煙が、天井に沿って流れていた証拠です。 ホテル2階は、大きく改装されており、営業当初の面影はあまり残っていません。
ホテルの窓が小さいので、あまりホテルっぽく見えない外観になっています。 ホテル廃業後、ポロ競技用の馬の飼育場になっていたので、その名残がホテルの随所に見られます。 再び、ホテルの中に戻ってきました。ホテル2階部分は厩舎になっていました。
木造の厩舎で、馬が個別に入れるように細かく仕切られていました。 このホテルは、1968年にある観光会社によって開業しました。 しかし、思惑が外れたのが開業して5〜6年後に廃業してしまいました。
その後、馬の飼育場として再利用され、夜でも明かりがついており、管理者が常駐していることがわかりました。 2001年には、福岡地裁で会社更生法の手続き開始の決定を受けました。 その後、管理者が常駐しなくなったせいか、侵入者が相次ぐようになりました。
2002年以降、6件の放火があったということで、あちこちが焼かれていて悲惨なことになっているのです。 会社更生法適用以来、管財人が管理をしていましたが、2003年に、近隣住人から解体要望書が出されました。 夜間の肝試しと頻発する放火事件・・・。これ以上、犯罪が起こらないように、解体して欲しいということなのでしょう。
しかし、2004年9月4日に事件は起きました。それは、この日の夜、大学生の男女4人が肝試しに訪れた際のことです。 2階の天井から突き出た鉄筋にロープをかけて首を吊っている男性の死体が発見されたのです。 黒い半袖Tシャツに、白い綿パン姿で、紺色のリュックサックを持っており、いくつかの遺留品はあったものの、遺書は見つからなかったそうです。
男性は、愛知県の人で、この福岡には何の縁もなく、男性が1年前に購入した新車の車は、未だに見つかっていないそうです。 これが本当に事件なのか自殺なのかはわかりませんが、他に外傷がないことから、警察は自殺と判断しました。 奇しくも、このホテルが廃業したのが、この男性が生まれた頃ということもあり、偶然とはいえ、妙な因果を感じずにはいられません。
遺留品の中には、サイフや携帯電話もなく、どうやって愛知からここまでやってきたのかも解明できていないということでした。 死体発見をした大学生が肝試しに来たのは午前6時で、死体は検死の結果、死後6時間ほど経っていたといいます。 ということは、この男性が自殺したのは午前0時頃ということになりますが、この時間帯、この廃墟は肝試しスポットと化し、頻繁に人が訪れるのです。
暴走族やDQNが頻繁に行き来する廃墟の中で、ひっそりと自殺をすることが出来るのでしょうか? まぁ、司法解剖の結果、自殺と判断したのでしょうから、深くは詮索しませんが・・・。 さてさて、2階に突き出た円形の展望浴場にやってきました。
正直、ココまでの順路は崩壊の嵐で、天井が大きく崩壊していてとても危険な状態でした。 このホテルの中で、最も崩壊が激しく、恐らくは台風の影響が大きかったのではないでしょうか。 自然崩壊なので、風呂場の鏡は平気でした。人為的崩壊なら、真っ先に壊されますからね。
このホテルは、海の近くに立っているのに、何故かこの展望浴場は海を背にしています。 展望浴場の窓の外には、国道が見えるのです。つまりは、国道側から丸見えの展望浴場なのです。 せっかくの海沿いの物件も、それを活かせない構造では客足も遠のいてしまうでしょう。
これは客室の1つなのですが、部屋の真ん中にドンと柱が立っています。 部屋の真ん中にデッカイ柱が立っているなんて、普通じゃありえない構造ですよね。 しかし、部屋によっては、このように眺めの良い部屋があります。はるか向こうに見えるのは羽島でしょうか。
客室に備え付けの風呂はとても小さく、今の時代の人には小さすぎますね。 このタイル張りの浴槽は、1970年前後に流行したタイプのもので、この時代に作られたホテルにはよく見られる風呂なんですよね。 廊下の窓は、危険防止のためか、窓枠ごと外されていました。このフロアは相当昔から廃墟化していたんですね。
窓の下には、プールやその関連施設が見えます。施設的には色々と充実していたようです。 ホテル開業当初は、観光バスが並び、団体客がたくさん訪れていたそうです。 それだけ繁盛していたホテルが、廃業に追い込まれたのは、リピーターが少なかったからなのでしょうか。
ここはお土産屋のコーナーです。ショーケースの数、スペースの広さからして、かなりの数の土産があったのでしょう。 空母のカタパルトのような屋上部分。ここから戦闘機を飛ばしてみたい(笑)。 たくさんのドア。どれが本物?いえいえ、どれもニセモノです(笑)。板張りの代わりにドアが張られているだけ。
NIC製のTELECALL。10チャンネルのセレクターがあり、ヴォリュームは3段階に調節できるようになっていた。 このTELECALLは、従業員が配膳などで利用していたもののようです。 上のカタパルトの前にやってきました。窓ガラスが風で粉々になっています。
ホテルの玄関付近まで戻ってきました。車寄せの近くには軽トラックがご臨終されていました。 子供用の遊具がありました。こちらは、アメリカのジープを模したものです。 こちらはアシカのようですね。こういう遊具は廃業する前に売ってしまえばいいのに、といつも思います。
続いて、ホテルの外にある施設にやってきました。プールに隣接している施設群です。 まずはレストランですね。プール脇にあるレストランは板張りもされていなくウェルカム状態になっていました。 九十九島せんべいの缶。卵と牛乳の入った砂糖が大目の瓦せんべいで、ちりばめられている落花生で九十九島を表現しています。
ただ、九十九島せんべいは佐世保の銘菓であって、福岡の名物ではありません。 同じ写真が2枚ずつ貼られた奇妙な部屋がありました。立体視でもできるのかな? 何故かこの建物の2階に信販会社がありました。
有機肥料の袋が落ちていましたが、馬の牧草を育てるために撒いたのでしょうかね。 こうしてみると、千葉のホテル望洋にも似た風貌ですね。 ホテルの裏手にやってきました。この辺りは、特に管理されていなかったようですね。
手回し式の脱水機のついた洗濯機がありました。その洗濯機の上の天井は既になくなっていました。 建物の2階の窓には「ケープランド」と書かれていました。レジャー施設でもあったのでしょうか。 このケープランドに、何故か信販会社が入っていました。どうして?
軽食コーナーがあったのでしょう。当時の名残が色濃く残っている貴重な建物です。 冷蔵庫がいくつかあったので、2階もレストランだったのでしょうね。 屋外にテラスがあったので、テラスで食事も出来たのでしょう。
どうやら、レジャー施設ではなく、ケープランドというレストランなどの複合施設だったようです。 1階の入口のガラスにはレストランと書かれていました。見ての通り、ウェルカム状態です。 石油ストーブが置いてありました。ということは、プールのシーズンでない冬場も営業していたということですね。
このケープランドの端の方は、見ての通り、酷く崩壊しています。このエリアの内部に入るのは危険です。 外には巨大なプールがあります。プール付きの豪華なホテルだったということですね。 プール施設脇のトイレなどがあるエリアです。給水タンクが放置されています。
その一角に階段があったので、どこにつながっているのかと思って入ってみました。 なんと!トマソンです。階段の途中で天井にぶつかりました。改装した痕跡ですね。 わずか5〜6年しか営業していないのに、改装したということは、それだけバブリーだったのか、それとも計画性がないのか。
こちらは小浴場ですね。円形展望浴場以外にも、こんな風呂があったんですね。 そういえば、このホテルは、夜やベンツが止まっていてヤクザがいるなんて噂がありましたね。 さてさて、プールエリアにやってまいりました。そういえば、ホテルのプール側にはスカイラインが止まっていました。
プールの脱衣所の建物に入ってみました。プールの大きさの割に脱衣所が狭くて、上手く回転できていたのか疑問です。 かつては、子供たちで賑わったであろう、このプールも今は、静けさだけが漂っています。 ウォータースライダーがありました。同じ頃に繁盛していたあいのり温泉のに比べると、かなり小さいですね。
ちなみにプールはクジラの形をしていて1000人は入れる「千人プール」だったそうです。 とても1000人を賄い切れるとは思えませんが。カッパピアの方がよっぽど人が入りそうです。 同じ県内に力丸スターレーンという廃墟がありますが、こちらも千人プールがあったらしいですね。
プールの対岸に渡るための飛び石。クジラ型プールの尻尾(尾びれ)の付け根あたりにあります。 プール脇にある屋外ステージ。ここで色々なイベントが行われていたのでしょう。 プールからレストラン棟(ケープランド)に向かう階段です。
プール脇のトイレから階段を撮影。お盆の時期にこのトイレに入ると、一生出てこれなくなるなんて噂も立っていたそうです。 赤く染められた古い配電盤。ここの配電盤は死んでいましたが、ホテル裏手の配電盤は、廃業後も動いていました。 以前は、ロッキード事件で有名な某政治家の持ち物だったなんて噂も立っていましたね。
近くにあった龍神閣が取り壊され、旧犬鳴隧道が立入禁止になってから、夜、肝試しで来る人が増加したといいます。 色々な都市伝説や事件が起こった廃墟ですが、残念ながら、2006年8月28日から解体工事が始まりました。 やがて、ここも伝説の廃墟として語り継がれるとうになるでしょう。さようなら、串崎ケープホテル!

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