ホテル望洋

Hotel Bouyou


一見、廃校のようにも見えるこの建物は、『ホテル望洋』という観光ホテルの廃墟なのである。彼女と館山でデートした後、ここを通りかかり、偶然に見つけてしまった。
周囲は畑ばかり、これといった観光スポットのないこのホテルは、活魚料理、特に刺身の船盛りを売りにしていた。5階にある、海の見える展望レストランも、大きな売りであった。あとは、目の前に海があるので、海水浴ができるということだ。しかし、バスでなければ来れないこの場所に客はあまり来なかったようだ。
そして、1980年代初めに、このホテルは倒産したと噂されているが、ホテルに残る宿帳を見ると、最後に宿泊した客が1991年になっている。もしかしたら、1981年と見間違えたのかもしれない。だとすれば、噂通りということにもなるし、中の設備が相当古いので、そうかもしれない。そして、ここは有名な心霊スポットであると聞いた。
単なる廃墟ではなく、心霊スポットとなると、入りたくなってしまう。しかし、入口は固く封印されている。窓を割らない限り、正面からの侵入は無理である。建物の裏手は、地蔵が立っていて、こちらも入口がない。困っていると、ホテルの東側から子猫の鳴き声がした。行ってみると、小さな黒猫が「ミャーミャー」鳴いている。そこには、獣道があった。
獣道から、ホテルの東側に出ると、ホテルの庭に出た。庭側に建物の入口らしき所があったので、近づくと、出口から若い男女がゾロゾロと出てきた。声をかけたが無言である。というか、良く見ると格好が今風でないのだ。何十年も前の若者というカンジであった。今風の格好をした最後の2人が答えてくれた。「まだ中にいるよ」と。他の6人は海の方の林の中に消えていってしまった。
庭側の入口から入ると、ホテルのロビーがあった。写真にも写っているが、ロビーの丸椅子がある。右奥には、従業員用の宿直室があり、浴衣などがそのまま置いてあった。ロビーのフロントには、ホテルのパンフレットや麻雀牌、将棋の駒、宿帳、その他の備品などが散乱していた。放置の仕方からして夜逃げだろうとすぐにわかった。
庭側の入口は、ちょっとしたバーになっている。カウンターの奥には、中身の入ったボトルウイスキーなどが置いてある。スゴイのは「千代の富士の写真入りサイン色紙」だ。これが盗まれずに放置されているのが不思議だ。写真は、横綱姿の千代の富士である。ん・・?待てよ。千代の富士が横綱になったのは1981年の7月場所だよなあ・・・。ということは、ここは千代の富士が横綱になって間もなく倒産したというわけだ。
カウンターの裏には事務所があった。当然荒らされている訳だが、金庫は鍵が閉まったままなので、中から権利書など出てきそうである。ま、倒産したホテルなので、金品は期待しないでくださいな。色々な鍵が散乱していたので、それらをかき集めて持ち運ぶことにした。開いていない部屋などがあるかもしれないからだ。
ロビーの奥(玄関の並び)には、トイレがあった。当然、水は出ない。ついでに幽霊も出ない。トイレの脇には、エレベーターもあったが、当然、動かない。電気も水道も止められているわけだから、当たり前である。
1階の奥には、休憩所か小宴会場のような部屋があった。風呂の隣にあるので、一風呂浴びた人が休むスペースなのだろうか。ここは、床がなくなっていて、地面から生えた木が育っていた。日が当たるからだろうが、この木の種はどこからやってきたのだろうか。
風呂である。男風呂と女風呂が分かれているが、男風呂の方が大きかった。丸い浴槽が笑える。石鹸やシャンプーはそのままになっていた。しかし、これじゃ外から丸見えだぞ。1階なのに・・・。

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風呂の対面には、厨房があった。ホテルの厨房なので、それなりの大きさがある。鍋などがそのまま放置されている。ねずみやゴキブリがうようよいそうな気もするが、20年近くも経つと食べるものもないだろう・・・。と思ったが、甘かった。食べるものがあるのである。ここではなく、4階〜5階に・・・。
ふと、壁時計があるのに気づいた。12時10分過ぎに止まっていた。倒産後も時を刻みつづけていただろう、その時計もついに息絶えた。冷蔵庫があった。ホテルのわりに小さな冷蔵庫だ。中を開けるとおぞましい光景がそこにあった。チョコレート色になってコチコチに固まったマヨネーズだ。得体の知れない褐色の物体もあった。干からびている。
2階に上がり、廊下に出た。奥には、ホースのようなものが、出ている。消火栓のホースだ。誰かがイタズラして引っ張り出したのであろう。2階には、客室と宴会場がある。廊下の窓がキッチリと閉まっていて、ムシムシする。夏だからだ。窓を開けて換気をしようとしたが、良く見ると、窓の鍵がハンダで溶接されていて、開かないようになっている。仕方なく、窓ガラスの割れている所に立った。風が気持ちイイ。
扉の開いている部屋の中に入ってみた。案の定、荒らされ放題である。畳までひっぺ返してある。障子もボロボロだ。しかし、窓はキチンと閉められている。誰かが管理しているのだろうか。窓が開いていると海鳥の巣になって、部屋じゅうが糞と羽根だらけになってしまうからであろう。でも、どうせ廃墟なら、その方が有効利用になるのではなかろうか。
2階の奥に行ってみた。この201号室は鍵が掛かっている。我々が持っている鍵でも開かない。ここは、何か霊気のようなものを感じて、嫌な雰囲気である。「開かずの部屋」である。廊下の奥は、ロッカーになっていて、お茶道具のセットや掃除用具が入っていた。とにかく、ここは、嫌なカンジなので足早に去ることにした。
本館の隣にある別館の2階は大宴会場になっていた。この宴会場の下は、厨房になっている。大宴会場はさすがに広い。途中、襖で仕切れるようにもなっていた。どういうわけだか、客室に置いてあったと思われるテーブルや応接セット、丸椅子、布団のマットなどが、この大宴会場に持ち込まれていた。
良く見ると、TVまでもが持ち込まれている。何の為に、ここにこれだけの物を運び出したのか。夜逃げ同然で経営者が逃げ出したのだから、これらの遺物は、後になってから、何者かが運び出したに違いない。リサイクル屋が見たら、持ちかえって売りそうなものまで置いてあった。テーブルや椅子は、まだまだ使えそうなのだ。
大宴会場のステージ。この脇と裏には楽屋がある。楽屋を通りぬけると本館に繋がるのだが、ここはメチャ危険である。暗くて、よく見えなかったので、なんとなく楽屋から本館に出てみたのだが、通った後に懐中電灯で足元を照らしたら、床が抜けていて、1階の地面(外)が見えているのだ。私は、偶然、梁の上を歩いてきたようだが、踏み外せば転落していた。
3階、4階はすべて客室である。ほとんどが扉が開いて、中が荒らされているが、鍵の掛かっている部屋があったので、持っている鍵で試してみた。鍵穴に鍵が刺さる。カチャカチャ、あれ、開いた。簡単に開いてしまった。早速、潜入開始。やはり、比較的キレイな部屋である。畳の上には多数の使用済みコンドームが落ちていた。ふと、入口の扉の方を見ると、扉の裏側に「SEX部屋」と書いてあった。おいおい、こんなとこですんなよ〜。
こちらは、4階の大部屋である。扉に鍵がかかって開かないし、持っている鍵でも開かなかったので、廊下側の小窓から、カメラだけ突っ込んで撮影。ここも比較的、キレイである。良く見ると、奥の部屋には、ダイヤル式の黒電話が落ちていた。600形自動式卓上電話といって、1962年から普及したかなりの年代モノである。1969年からは、プッシュホン(灰色っぽいヤツ)が普及しはじめたんだけど・・・。
階段は中央にしかない。階段で、2人の男性とすれ違った。どうやら生きた人間のようである。彼らは「5階に出るよ」と教えてくれた。3階より上は、足元が汚いし、臭い。実は4階が海鳥の巣になっていて、鳥の糞や死骸、ゴキブリの死体などが、床にびっしり・・・と。おおおうぇえ。割れた窓ガラスや5階から、海鳥が入り込んでいるらしい。階段で5階に上がった時、5階の天井がガタガタガタガタと大きな音をたてた。はじめはネズミかと思ったが、天井は穴だらけで、ネズミが走ったら、落ちてきそうである。これが、噂の幽霊か?
5階の階段の上にはパチンコ台とインベーダーゲームがあった。昔的な娯楽施設だ。4階の物凄い異臭に嫌気をさした我々は、5階の屋外テラスに出た。ん〜、外の空気が気持ちいい。タバコを一服しながら、脇を見ると、屋上に上がる鉄ハシゴがあった。登ろうかと思ったが、20年も潮風に晒されているだけあって、ボロボロである。今にも崩れそうなのであきらめた。5階の奥には、何やら大きな部屋がある。
霊感の強い友人がどうしても部屋に入りたがらない。仕方ないので1人で潜入することにした。扉を開けた瞬間、「あっ!」。写真奥の非常階段への扉の前に女性が立っている。海の方を見ていて、後ろ姿だ。髪が長く、体が透けている。明かに人間ではない。「ん〜、どうしよう、あ、カメラだ、」「パシャッ」。写真を撮った瞬間、その女性は消えてしまった。
私は、慌てて屋外テラスに戻り、友人を呼び戻した。幽霊が出たことを告げたが、今度は、素直についてきた。もう大丈夫らしい。ここは、どうやら展望レストランのようである。女性が立っていた場所に行ってみると、外は海が見えて良い景色である。非常階段に出る扉も開かなくなっていた。写真は、レストランのカウンターである。
カウンターの奥には、小さな厨房があった。ここもゴキブリやネズミが出そうである。汚い。奥に小さな部屋があり、配電盤と食品を運ぶ為の小さなエレベーターがあった。給食を運ぶエレベーターと同じだ。展望レストランの中は、ガラ〜ンとしている。考えてみれば、テーブルや椅子がないのである。何だかダンスホールのようである。ここのテーブルや椅子も、わざわざ2階の大宴会場に運んだのだろうか。となると、大変な話しである。そういえば、廊下に何か丸いものがあったような気がする。記憶が定かでないが。
そろそろ、帰るかと思い、ふとトイレに行きたくなった。レストランの入口脇にトイレがある。友人が「そこは、ダメだ」といった。「じゃ、行くしかね〜べ」そう言って私は潜入した。トイレの奥の大便用の個室の便器を見たとき、便器の中に黒い塊があった。髪の毛の塊だ。「ゲッ」と思い、友人を呼びに行き、戻ってくると、それはなくなっていた。何だったのだろうか。
ホテルから出ると、庭にはプールがあった。辺りはすっかり明るくなっていた。我々がこのホテルに潜入したのは、夜の2時過ぎである。外に出た時には5時を過ぎていた。実に3時間及ぶ捜査であった。容疑者は確かに5階に潜んでいた。我々が、車の所に戻ると、駐車場の管理人のおじさんが来ていた。このホテルの駐車場は、夏場は有料らしい。

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